ヒヤリハット、という言葉をご存知でしょうか。突発的なミスによって「ヒヤリとした」「ハッとした」状況を表す言葉で、いわば事故寸前、水際で防ぐことが出来た事件のことをそう呼びます。
こうした考え方の元になったのは、1929年にアメリカで提唱された「ハインリッヒの法則」という論文です。「1件の重大な事故の影には、29件の軽微な事故があり、300件の運よく無傷で済んだ事象がある」という内容で、「大事故を防ぐためには小さなミスから防がなければならない」ということを良く表していますよね。
この「ヒヤリハット」のポイントは、無傷の事象も「被害が出なかった事故」でしかない、「運が良かっただけ」なのだ、というところでしょう。
それでは、そんな恐ろしい事例にはどんなものがあるか、その一例をご紹介しましょう。
支給品の紛失
日常的に起こるヒヤリハットの中でも、そのトップを飾るのは、やはり何と言っても「忘れ物」や「紛失」を置いて他にありません。入館証や社用携帯などの支給品を、うっかり自宅に忘れてしまった、という経験がある方も多いのではないでしょうか。
こうした時、多くの企業では、すぐ自宅に取りに帰るよう指示されることがほとんどです。自宅にあればヒヤリハットで済みますが、実はどこかに落とし紛失していたとすると、時間が経てば経つほど重大なセキュリティ事故になってしまいますからね。確実にどこにあるのかを確認することが大切なのです。
仕事で重要なものは必ず決まった場所に置き、あちこちに放置しないよう気を付けましょう。
顧客資料を持っての宴席
顧客との打ち合わせの後、打ち上げに誘われる、というのは良くある話です。そんな時、ついつい「いいですね!」と付いて行きたくなってしまいますが、まずは冷静になって考えることが必要です。
あなたの鞄には、顧客情報が入ったパソコンや資料が入っているはずです。そうした資料は全て社外秘の情報であり、すぐに会社に持ち帰るべきものではないでしょうか。ましてその行き先がお酒の場なのだとしたら、それこそ言語道断、絶対に行ってはいけません。
それを忘れて飲みに行き、気づけばどこかに荷物を置き忘れてしまった、という事例はいくらでもあります。もしそれがライバル会社の手に渡ってしまったら、とんでもない額の損失が発生する可能性だってあるんです。
例え仕事の付き合いだとしても、重要書類を持ったまま出歩くのは、絶対にやめましょう。
ガジェットの損壊
仕事の場で使う機器には、様々なものがあります。特に会議の場ともなればなおさらで、ノートパソコンやプロジェクターを持ち出さなければなりませんが、ちゃんと専用のケースに入れて持ち運んでいるでしょうか。
例え会議室の場までが短い距離だったとしても、油断は禁物です。もし手に持ったままウッカリ転び、機器を壊してしまいでもすれば、多大な損害が発生することになります。それが金銭面だけの被害であればまだしも、重大なデータが復旧不可能になってしまったら、会社全体の危機にも繋がりかねませんよね。
多少面倒でも、必ず専用ケースを使って持ち運ぶようにしましょう。
首掛けホルダーのメンテナンス
建物や部屋の出入りに入館証は必須となりますが、それをそのまま手で持ち歩く人はなかなかいないと思います。多くの人は透明なホルダーに入れて首から下げていますが、「ホルダーが破損する」という危険があることを忘れてないようにしましょう。
気を付けるべき箇所も多く、「首から下げる紐」「ホルダーの紐の取り付け場所」「カードを入れる蓋の留め金」など枚挙に暇がありません。
定期的にホルダーの状態をチェックし、更にテープで補強するなどの対策を取りましょう。また、月例でチームメンバーのホルダーの状態を確認し合うなど、システマチックに管理していくことも有効な対策の一つです。
定期バックアップが未設定
ここから先は、筆者が実際に経験した事例を紹介します。
あるプロジェクトに参画した時のこと、私は転部する前任者から本番環境の運用を引継ぎました。資料がほとんどなかったため、全容の把握には苦労しましたが、調べてみるとその環境ではデータベースの定期バックアップを全く行っていなかったことが分かったのです。
驚いた私はすぐに上司に報告し、バックアップを取りました。すると何とその3日後、重大な不具合が判明し、とあるテーブルの全データが全て削除されてしまうという事態が発生しました。
顧客からのクレームは当然ありましたが、間一髪、全てのデータを復元することに成功し、最悪の事態だけは防ぐことが出来たのです。
サーバーのディスク容量監視
前章とは別のユーザーのプロジェクトでは、正反対に毎週のようにデータベースのバックアップを取っている、というところもありました。慎重なのは良いことですが、この例ではむしろそれが仇となってしまいました。
大規模なシステムを高頻度でバックアップを取っていたので、サーバー容量を圧迫していることに誰も気づかなかったのです。気づいた時には時すでに遅く、いくつかのバッチが容量不足により停止しており、復旧にはかなりの手間と時間を必要としました。
雨漏りの放置
近年は温暖化の影響なのか、記録的な豪雨、という言葉が珍しくなくなりました。これはそんな豪雨が続いたある日のこと、筆者の勤めていた職場の天井、換気扇の一角から水が滴り落ちたのです。その真下は特に誰もいない席だったので、すぐに業者に連絡するのでもなく、バケツを置いて凌ぐことにしました。
事件はその数時間後、雨が一層激しくなった時に起こりました。
筆者のいたフロア内には、衝立で区切られているだけのパーティションで、小規模なサーバールームを用意されていました。そのサーバールームでミシミシと音がしたかと思うと、突然、大量の水と共に天井が抜け落ちたのです。
誰もがエアコンの冷却水だと思いましたが、どうやら上階のベランダの排水溝がつまり、天井に染み出した雨水のようでした。幸い被害はありませんでしたが、ほんの数十センチでもがズレていたらと思うと、ぞっとします。
日常に潜む大惨事の一端
今回ご紹介したのはほんの一例ですが、どれも実際に起こりうる、現実の話でもあることを忘れてはいけません。「自分はちゃんと注意しているから、問題ない」と思う方は、数年前に話題となった「システム構築におけるヒヤリハット事例」という教育ビデオを見てみましょう。
これは研修の場でこのビデオを流すと、そこかしこからうめき声が聞こえきたり、嫌な汗をかく社員が後を絶えなかったりと、誰もが身に覚えがある恐怖の事例集なのだそうです。
人間である以上、ケアレスミスを根絶することは出来ません。ですが、それを減らして行くことは可能です。
大事故を起こさないためには、常日頃から注意しなければならないということを、忘れないようにしましょう。